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―誰もみんな 消えてく 夢を見た―
《炉心融解》【鏡音リン】
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「で、ターゲットは?」
「はい、やはりこの村の外れにいるようです」
「本当に人間と住んでんすかぁ?」
「そうらしいですよ? 村長の話によれば、ですけど」
夕暮れ時。
吹き抜ける風が骨までシミて、何度も体を震わせる。
何かしら建物に入るべき時間帯なのに、その三人はただ冷気に晒され続けていた。
手足の先はとっくに冷えていて、唇も微かに紫に変色しかけている。
「全く、どんな神経してんすかねぇ、ソイツ」
「魔女、だそうですよ。どうやら」
「へぇー、魔女ごときが奴を押さえつけられるもんすか?」
「制御装置をはめさせてるようで。高性能の」
「そんなもんで どうにかなる相手っすかぁ?―――ぶぇっくし!!」
そう言って、クシャミをした者が一人。鼻の下を指で擦って、ズズッと鼻を啜った。
当然だ、これほどの気温であればクシャミの一つも出る。
「あのぉ、やっぱ宿に入りましょーよ。すんげぇ寒ぃんすけど」
「恰好がつかないじゃないですか、もうちょっと我慢しなさいって。せっかく【怪しい奴ら】って演出してるのに」
「誰に主張してんすか、ソレを」
文句を垂れ、ポケットからティッシュを取り出し、鼻をかめば、そいつはそのまま丸めたティッシュを捨ててしまう。
風がソレを掠おうとしたが、小石に阻まれた。
その様子に、相手が顔をしかめる。
「あー、イケませんよ。ちゃんとゴミ箱に捨てないと」
「いいんですって。燃やしちゃいますから」
批難された男だったが、全く気にしない。
フッ―…、と男が指を丸められたティッシュに向ければ、シュボッと燃え尽きてしまう。
杖といった【媒介】を用いない魔法は、かなりの熟練者でなければ扱うことなど出来ない。
まして、こんな風の吹く中、小さなティッシュを燃やすのは、己の魔力を精密にコントロールしている証拠だ。
「ていうか、火炎魔法を鼻をかむのに使ったティッシュに発動させるなんて、もう少しプライドってものがないんですか? あなた」
「そんなもの知りませーん」
そんな高度魔法を、さも当たり前のごとく受け止め、呆れられる男はシレッとする。
批難した男は溜め息を吐き出し、うなだれた。こんな奴となぜ一緒にいなければならないのかと、遠回しに示している。
「お前ら、うるさいぞ」
苛立った声。会話に参加していなかった男が、気怠そうに零す。
どうやら彼がリーダーであるようで、そう言われた二人は大人しく降参。全く有意義でない話を終わらせる。
「とにもかくにも決行は明日の明朝、いいな?」
「はーい」
「へーい」
気の抜けた返事は、夕暮れに掻き消えた。
◇◆◇
「やッッと来やがったな」
『えぇ、遅いくらいですよ。もう少し早く行動を起こしてくれると思っていたんですが』
「さて、俺らはどーしよーかねぇ」
陽の光が死んでいく。
人間と魔物が、その光景を宿の窓から眺めている。
彼らの活動時間帯が迫る、逢魔ヶ時。
『とりあえず、相手の正体でも突き止めますか?』
終わりの始まりを告げるように、虫が鳴く。
◇◆◇
眠りに着こうとすればするほど、苦しくなる時がある。
それは過去に行ってきたことが、鮮明に蘇ることが原因である。
心臓を、握り潰されそうな衝撃を受けることもあれば、針金でギリギリ締め付けられることもある。
どちらも、己自身の力ではどうしようも出来ない、凄まじい痛み。
必死で胸に爪を食い込ませたって、止まりはしない。
それでも泣くことはない、だってその痛みは当然の代償。
泣く権利なんて、そもそもありはしないのだから。
布団の中に潜って、ただひたすら願う。早く、早く夢の世界へ誘われることを。
そうして朝になれば、とっくに痛みの波なんて去ってしまった後。
ジクジクと傷痕が疼いても、それ以上のモノはない。
『つまり、眠らなかったらどうなるか。ってこったな』
キィッ――…と極力 音を立てないように、扉は開かれた。
嫌味なほど美しく輝く満月の夜。雲一つない快晴の夜空。星屑の大合唱が轟いている。
『痛みに叩き潰されて、殺されちまえればいいのに』
所詮、一匹狼は一匹狼。
どこで野垂れ死のうが、誰にも気付かれることはない。
いや、気付かれてなど、イケない。
『フェール=キルオーディン=フェンリル。お前の死に場所は、ここじゃない。そうだろ?』
自虐の瞳。止まぬ痛みの連鎖。全て吐き出したというのに、なぜ一向に収まらないのだろう。
そんなこと、フェールが一番、教えてもらいたい。
『グレイ、世話んなった。迷惑かけて、悪かったな』
決して相手には届かない謝罪。ただの自己満足でしかないソレ。
けれど確かに、その銀の輪ッカは、ソレを聞いていたのだ。
◇◆◇
私の立っている場所には、他に誰もいない。
ギュウッとなる胸。浮かんで来る涙。カタカタ震える肩。血が引いていく頭。
フラフラしながら歩き出しても、支えになるものはない。
幾度も転けて、それでも歩いて、吐き気すら無視し、はいずってでも進む。何か、何かないかと、ひたすらに。
ボロボロな指を伸ばして、乞い続ける。
そうして不意に、指に触れたものを掴んだ。
ソレは銀色の輪廻。
宿命を辿る、永遠の輪。
関わってしまった私は、もう逃れることなど出来ないのだ。
あっ、今すごい嫌な予感が、全身を貫いた。
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