* * *










詳しい事情は、案外簡単に分かってしまった。



 この男女二人組は何でも屋として活動していること。

 別に私とフェールに危害を加える気もないこと。

 そして、彼らが受けた依頼内容。



「それじゃ……近くの村の人は、フェールのこと」

「知ってる。てめぇも何でとっとと話しておかなかったんだ」

『魔物を察知するレーダーくらい、このご時世どんな村にもありますよ』



 苛立たしげに私を批難するシャータ。

 私が用意したハーブティーを優雅に味わうシーザ。

 ハーブティーを飲む魔物というのは、どこかギャップがある。

 羽織っているのはボロボロの外套なのに。

 仕草はえらく上流階級の雰囲気を感じさせる。



「私、なら村の人に話しに行きます。

 別に害はないんですよ、フェールには制御装置も付いてるし」

「その制御装置を疑ってんだよ、村は。チャチなモンだと壊れる可能性もある」

『だから効果がどれくらいなのか、僕達が確認しに来たんです。細かくね』



 あっ、なるほど。

 何だ、それだけで話が済むならありがたい。

 なら早速見てもらおうではないか。私のひぃお婆様特製の、最高の制御装置を。



「じゃぁ、どうぞ。別に困りませんから。煮るなり焼くなり、好きにしてください」

「それがホイホイ話が進むわけじゃ、ねぇんだわな」



 顎に指をかけて、シャータは欠伸を一つ

 目をしばたかせ、私は首を傾げる。

 他に何か障害となるようなことが、あっただろうか。



「装置の強度確認は、付けられた魔物の協力を必要とする。

 そいつの魔力を引き出して、耐えられるかを見なけりゃ意味がない」

『彼が狼族でなければ、話が早く済んだんですけどねぇ』



 種族の、問題?

 さらに訳が分からない。別に彼が何者であろうが構わないのではないのか。

 訝しんだ私に、シーザは微笑む。

 裏に何かを含んだ、含みすぎて逆に怖いくらいの、笑み。



『狼族には本能的に、ある種族に対して攻撃するよう仕向けられている。ご存知でしたか?』

「へっ?―――ぁ」



 記憶の棚から引きずり出された、とある書物の一節。

 いつ習っただろうか、魔物についての粗方の知識は昔に叩き込まれて、風化しかけている。

 また本を読み直さないと。



『自己紹介が遅れました。僕はシーザ=テラー=トランシルバニア。吸血鬼族の者です』



 そうだった、彼はさっきフェールに対して、こう言っていた。

 古代種である僕、と。



「とっ、ととととトランシルバニアぁあ!?」

『あっはっは、見事な引き方ですね。椅子が壊れますよ?』

「まぁ普通の感覚なら、そうだろうな」



 思わず立ち上がった拍子に、椅子が後ろへ転げた。ゴメン。


 吸血鬼種の中で最も古く、最強の血統一族として名高いトランシルバニア。

 ほとんど死に絶えて行く中で、生き残っている奴がいるとは聞いていたが。

 それが、目の前にいるとは。



「そうか、だからフェールはさっき」

『弱っていればいるほど、天敵に対する反応は過敏でしょう。

 彼、ほとんど無意識状態でしたから』



 ただ単に、フェールの相手をしてたわけではなかったのか。

 確かに、あの時の彼の瞳は異常だった。


 吸血鬼族と狼族は、互いに天敵同士。


 過去の歴史により刻まれた溝は埋まらない。

 かつて彼らの種族同士は、魔物と人間を巻き込む大戦争を引き起こしたことがある。

 原因は良く知らないが、それのせいで双方の古代種は絶滅に追いやられかけたと聞く。



『だから厄介でしてね。僕はなるべくシャータから離れるわけにはいかないので、

 家の外で待っているのもダメなんですよ』

「え、何で」

「おいおい、これが目に入らねぇか?」



 そんなどこぞの印籠じゃあるまいし。決して口には出さず、思う。

 ジャラッとシャータの右手首に巻き付いている、金色のブレスレット。

 魔力を感じる、ただのファッションとして付けていないのは明らか。

 そして全く同じデザインの物が、シーザの左手首にも。


 あっ、思い出した。確か昔に本で読んだことがある。



「まさか【共鳴呪具】…?」

「正解」

「え゛━━!? 魔物と人間で契約しちゃったんですか!?」

『そうですよ、何か問題でも?』



 そんな、馬鹿な。



 共鳴呪具とは、契約手段の中で最も強力で、よっぽどの相手でないと行わないもの。

 どちらか一方がもし最悪の場合死に至れば、もう片方も死に至る。

 共に死を誓い合わなければ、到底付けることなど出来ない。



「ごっ、ご結婚でも、されて、いるんです、か?」

「アホかてめぇ、人間と魔物だぞ。するわけねぇだろ」

『まぁ、言ってみれば戦友ですかね。別に不思議じゃないでしょう?』

『成る、程、……噂に聞いた━━何でも屋、はあんた、らのこ……とか』



 まだ、疲れと熱が残っていそうな声。

 ビックリして振り返れば、そこには扉に持たれ掛かりながら立つフェールの姿。

 汗は流れるまま。服を替える必要がありそう。



『悪かった、さっき……は』

『あら あなた、大丈夫なんですか?』

『今は、自我を、抑えてる。……問題、ない』



 と、言いながらも額を押さえている。

 熱の他に体へ負担を掛けるようなことは、あってはならないのだが。



「熱、は?」

『残って、る……でも、マシだ。心配、すんな』



 私の頭をポンポン叩いて、フェールは隣に座ってきた。

 うーん、無理してる気がする。

 しかし彼も話を一緒に聞いた方が良いことは、確実。



「へぇ、吸血鬼族に対しての本能を抑えられんのかぁ? そんな簡単に」

『いや、……コイツのおかげだ』



 トントンと人差し指で銀のワッカを叩く。

 首の制御装置は相変わらず、光っていた。

 シャータは目を丸くして、しげしげワッカを見つめる。



… 「…それ」

『なかなか高性能の制御装置ですね、本能にまで影響が?』

『あぁ。じゃなきゃ、俺は今頃、━━あんたの、喉笛を……噛み切っ、てる』



 自嘲気味にフェールはシーザの首を指した。

 何てスプラッタなことを軽々言ってのける。

 頭が痛くなりそう。どうか頼むから私の家を、血の池地獄にしないでくれ。

 真っ赤に染まった部屋を想像してしまいクラッとしかけた私を、引き止めたのはシャータ。



「……よし、分かった。制御装置の性能は、コレで確認出来た」

「━━━……へ?」



 せっせと、彼女は退出の準備を始める。

 おそらくワッカの性能を確かめるために必要な道具だったものが、片付けられていく。



「えっ、あの、別に良いんですか?」

「あぁ充分だ。邪魔したな、村長には俺から言っておく」



 眉間に皺を寄せた私に反し、シャータはあっさり告げる。

 さっきシャータは、フェールの力を引き出さなければ云々、と言ってなかっただろうか。

 ガタゴトと椅子を後ろへ下げ、シャータとシーザが挨拶をして出て行った。

 フェールはその間、とてつもなく不機嫌で、私は混乱したまま放置される。

 おい、結局何だったんだ。

 パタンッと非情に閉まる扉は、沈黙を保つのみ。


 あーそうだ、この時間なら夕飯くらいご馳走したのに。

 言い損ねてしまった。










 * * *










「そうか、俺としたことが気付かなかったな」

『不覚でしたよ、僕も』



 ガシガシ頭を掻き、シャータは深く溜息。

 シーザは真剣な表情で、先程まで一緒にいた魔女と狼男のペアについて考えた。



「【グレイプニル家】の末裔かぁ、お目に掛かったのは初めてだったな」

『どうりで、彼を抑えられるわけですよねぇ』



 彼らも人間と魔物で組んでいるから、グレイとフェールの組み合わせに驚いたわけではない。

 しかし彼らが一緒にいる偶然、には驚愕したのだ。



『狼族古代種フェンリル家。

 まっ、最大の天敵を殺すハメにならなくて良かったですよ。

 張り合いがなくなりますから』

「全くだ。てめぇらの戦いに、コチトラ巻き込まれたかねぇよ」



 鼻で笑い、シャータが両手を上げる。

 かつて大戦争を勃発させた種族同士が、まさか相対するとも思ってなかったのだ。



「しばらく村に滞在するぞ、必ず何かある。厄介事が」

『無論』



 村から放たれている微かな光を目印に、彼らは進んだ。

 自分達の確信が現実になるまで、そう時間はかからない。



 そんなこと、彼らには分かりきったことだったのだ。